“ 魚の首都 ”と表現されるほど、豊富な種類の魚が集まる富山湾では、定置網漁業が盛んです。なかでも氷見は「越中式定置網漁」発祥の地。その歴史は、天正時代(1573〜1592年)まで遡ります。定置網漁は、底引き網のように魚を追う漁と異なり、網に入った魚を獲る” 待ちの漁 ”と言われています。魚への負荷が少なく、ダメージを最小限に抑えられるため、鮮魚の美味しさを損なわず水揚げすることが可能です。越中式定置網は、網に入った魚の約3割を漁獲するため、” 獲り尽くさない ”漁法としても知られています。(写真©︎|氷見市)魚の魅力に惹かれた人たちがたどり着く終着の地・氷見駅。そのすぐ裏に位置する白い建物は、「有限会社 松本魚問屋」の事務所です。大正3年の創業から100年余、鮮魚の卸売業を主軸に、高岡市の山町ヴァレーにある「かねまつ食堂」の運営など、現在は様々な事業を手がけています。今回は、専務取締役の松本幸一郎さんと、商品開発などを担当する山下貴民さんからお話を伺いました。松本 幸一郎さん山下 貴民さん“ 代々受け継がれる丁寧な手仕事 ”当社で最も歴史があるのは鮮魚卸売業。卸売業とは、漁港で開かれる「せり」で、鮮魚の品質や価格を見極めて競り落とし、全国の市場やスーパーへ届けるお仕事です。氷見の数ある魚問屋の中から「松本魚問屋」が信頼される理由は、仕入の目利きの良さはもちろん、梱包などの手仕事が入念で美しいからでもあります。松本さん(以下同様)|「私たちの従業員はとても真面目ですね。一つひとつ手を抜かず、丁寧な仕事をしてくれています。当たり前と言われるかもしれませんが、それが他社との大きな違いだと思います。たまにお客様から、市場に並ぶ商品を見て『松本さんの魚だとすぐ分かった』と言われることもあります」ネットショップやふるさと納税など、消費者と直接やりとりできるようになった今、丁寧な手仕事が更なる信頼を生んでいます。クレームの少なさも当社の特徴のひとつです。「丁寧さは、代々と引き継がれている社風ですね。私は普段、従業員の作業にあまり口を出しませんが、その点に関してはしっかりと指導しています。また、もしお客様からクレームが入ったとしても、誠意を込めて真摯に対応するよう徹底させています」先代からの伝統を守り続ける一方で、時代やニーズの変化に対応するため、新たな分野への挑戦も行っている当社。現在は、魚問屋の強みを活かした事業をいくつも展開しています。“ お客様の目線に立ち、アイデアを形にしていく ”「夏のある日に、氷見を訪れた観光客の方が『ぶりを食べたい』と話しているのを耳にしました。富山県外の方にとってぶりは、通年食べられるもの、と認識されているのですよね。でもせっかく氷見まで来てくれたのに、ぶりを食べずに帰ってしまうのは、申し訳ないなと思いました。そこで、季節を問わずいつでも、ひみ寒ぶりを食べられるようにできたらと思い、それに特化した加工品を作ろうと考えました」市のふるさと納税返礼品人気番付では、ぶり関連商品が件数第1位であることからも、「ひみ寒ぶり」は氷見を象徴する存在です。しかし近年は、水揚げが不安定なことから『天然のぶりだけに頼るのは良くない』という意見も挙がるようになりました。ひみ寒ぶりがいつでも食べられるのなら、消費者のニーズを満たすだけでなく、まちの課題解決にも繋がります。当社には、松本さんがひらめいたアイデアを実現するため、社内外のメンバーから構成されるチームがあります。松本さんは、メンバーそれぞれの実力が発揮しやすい雰囲気づくりを心がけているそうです。「自分は思い浮かんだアイデアを好きなように話すだけですよ。それを形にしてくれるのは頼れる仲間たちです。特に山下は別格ですね。彼と初めて知り合った時に、ぶりでハムを作って欲しいと相談すると、二つ返事で商品化に挑戦してくれました。その後も、魅力的な商品を次々と実現してくれています」山下さんがレシピを考案した「ぶりのすき焼きとホタルイカ弁当」東京の会社と協業でオープンした「氷見のうみと」(場所:クラルテ、期間限定)では、弁当やお土産を販売。高岡市山町筋にある「山町ヴァレー」内に店舗を構える「かねまつ食堂」では、ぶりの唐揚げや一夜干し定食など、自社製造の加工品を使った料理を提供しています。「魚を刺身として食べる場合の可食部は、全体の35%ほど(※)しかありません。つまり魚には、使われていない部分が沢山あることになります。自社直営の飲食店であれば、未利用で廃棄されてしまう部分や、市場に出回らない魚を調理・加工して、お客様に提供できるのではないかと考えました。これが、かねまつ食堂を始めたきっかけです。もちろん、味には自信がありますよ」※ 魚種によって異なります。アイデアは遊びの中から生まれると言う松本さん。柔軟なアイデアの奥底には、経営者としてのビジネスセンス、自然環境に携わるものとしての責任、そして何より勝負師としての勘が、絶妙に混ざり合っていました。“ 普段の食卓に、魚料理を手軽に ”山下さんは、愛知県南知多のご出身。「魚は買うものではなく、もらうもの」というほど、海が身近にある暮らしで、幼い頃から食卓に魚料理が並んでいたそうです。調理師専門学校を卒業すると渡仏。パリの星付きフレンチレストランの副料理長を務めた後、帰国しました。山下さん(以下同様)|「帰国後は、海のある場所で暮らしたいと思っていました。氷見の海の風景は、なんとなく地元のそれと似ていましたね。氷見は山も近く、季節の移り変わりが鮮明に感じられて、居心地がいいです。また、氷見の水揚げ量は他と比べ非常に多く、とても豊かだと思いました」氷見漁港の風景山下さんが中心となって開発を手がける加工商品のコンセプトは『毎日おさかなひとくち』。魚離れが進む食卓に、ちょっとした気配りが彩りを加えます。「最近は、包丁で魚を捌く機会も少なくなっていますよね。手作りの魚料理を食卓に並べるのはハードルが高い、と感じるご家庭も多いのではないでしょうか。当社の商品は、混ぜるだけ、揚げるだけ、といったひと手間を加えるだけで、美味しい魚料理を手軽に調理できます。私たちは、料理する人も、食べる人も、みんなが笑顔になれる商品づくりを心がけています」“ 氷見から魚文化を盛り上げていきたい ”会社の未来を担うお二人から、今後の展望について伺いました。山下さん|「魚文化の底上げに挑戦し続けたいです。手軽に扱える商品を入口にして、お客様と魚との関わりを徐々に増やす取り組みを行っていきます。たとえば、魚料理にひと工夫加えてみようとか、さらには魚を捌くところから始めてみようとか。いずれにせよ、私たちの商品が、大切な人を喜ばせるための一役を担えたら嬉しいです」松本さん|「氷見は、貝塚や古墳が発掘されていることから分かるように、古くから人びとが暮らしてきた地域です。そして、食が豊かで人びとが暮らせたからこそ、文化も育まれてきました。多様な食と歴史ある魚文化は、氷見の誇りです。なので、もっと沢山の人たちに氷見へ訪れてもらい、まちの魅力を体感してほしいです。訪れた人が『氷見は面白い!』と喜んでもらえるよう、これからもいろいろな種まきをしていきます」会社の未来だけでなく、まちの未来についても話してくださったお二人。言葉の節々から、地域と共に歩んできた「松本魚問屋」で働くことの誇りが滲(にじ)み出ていました。“ お客様の喜びは、私たちの喜び ”最後に、これからどのようなひとと一緒に働きたいか、採用も任されている山下さんに伺いました。「お客様が喜ぶ姿を見て、自分自身も喜びを感じられるひとが良いですね。知識やスキルはこれから身に付けられると思うので、あまり気にしていません。私は、その人の根本にある興味や想いの方が、大切だと思っています。最初は見よう見まねで基本を吸収したら、自分が何をやりたいか自分で考えながら成長していく。ただ作業するだけでなく、お客様に喜んでもらいたいと能動的に動けるひとと一緒に頑張っていきたいです」魚好きが集まる「松本魚問屋」魚の首都・氷見から” 魚文化 ”を共に盛り上げる仲間を募集しています。<求人情報>● 調理および接客● 企画運営● 販売員● 食品製造従事者